オンライン カウンセリングはほぼ三日以内の対応が可能です。

「べき思考」は認知の歪み 自分を追い込み辛くする 緩めて楽になるには

「べき思考」は認知の歪み 自分を追い込み辛くする 緩めて楽になるには

看護師・心理カウンセラーの渡辺由紀子と言います。

べき思考、という言葉を聴いた事がない方でも、意味は推測できるのではないでしょうか。
すべき思考とも言います。

~すべき、~すべきでない、という考えが強い事を言います。

認知行動療法では、認知の歪みの一つに挙げられています。

こんな事を申し上げると、なぜそれが歪みなのだろう?と思われる方も多いものです。

すべき、すべきでないといった考えはは、責任とか倫理を考えれば当然ではないか。ない方がおかしいと思われるのも無理はありません。

べき思考を、認知の歪みというからと言って、すべての、「べき」が誤りというわけではありません。

それでも、べき、に捕らわれてしまうととても窮屈になってしまう所があります。

今日はそんなお話しをしてみたいと思います。

べき、も必要だが・・

べき思考は問題があるというが、あたり前のルールを守れない人がいる。あたり前の事ができない人が多すぎる。

そんな人には、あるべき姿を教育していく事も必要なのだ、という考えがあります。

べき思考は、認知の歪みと言われるくらいですので、心理療法の視点からは、問題のある思考とみられていますが、べき、という考え方がすべて否定されるわけではありません。

べきが、必要ないなら、法令順守という考えもなくて良い事になり、社会がなりたちません。

ただ、こうするべきという事が、最もな事であっても、それだけが正しいかどうかは吟味していった方が良いかもしれません。

自分が思う、こうすべき、と、相手が思っている、こうしなければならない、は思いのほか、開きがある事があります。

出勤時間を守るべき、という事一つをとってみても、約束の時間の5分前に行っているのが当然の人も、5分程度の遅れは時間を守らないうちには入らない人もいます。

出勤時間ちょうどに飛び込んできて、タイムカードを押してからコートを脱ぐような人は、5分前に来ている人からみれば、時間を守れない人になりますが、当人は自分の考える出勤時間は守っている事になります

自分のべき、で相手をみていると、この違いに目がいかず、いつもイライラしているといった事がおこりがちです。

自分の考えるべきを否定しなければならないと考える必要はありません。
少し緩みをもたせる、許容範囲を広げるといった発想が適切だと思います。

べき思考が自分に向くと

べき思考は、自分の基準で人を見てしまう事で、人間関係を悪化させたり、自分にイライラしがちになるという事が、一つの問題点です。

それでも、それはある意味、倫理観とつながっているので、否定しきれない所もあるように思います。

許容範囲は欲しい所ではありますが、べき全般を否定してしまったら、社会は成り立ちません。

どちらかと言えば、べき思考の本当の問題点は、自分に対して、べきが強い事にあるような気がします。

自分に課す事は、人にも要求しますので、自他に厳し人になりがちです。
これは、会社員としては、喜ばれる資質かもしれませんが、度がすぎると病気になります。

自分が自分に課した基準をクリアしようとして、体に負荷をかけるほど働く事で体を壊す。自分の思い描く姿に自分が追い付かないと、自分を責めて落ち込む。その結果、よけいに仕事の効率がおちて、さらに自分を責めるという事を繰り返した結果、心を病んだりという事が出てきます。

管理者が部下にそれを強いて病気になるまで追い込んでいる事もしばしばあります。

あるべき姿で、負荷をかけるよりも、無理なくできる事を着実にやっていく事が長い目でみれば、確実な成果結果に繋がるのですが、べき思考に捕らわれている人にはそれが受け入れられません。
その時点、その時点での成果・結果を求めます。

べき思考を緩めるには

べき思考を自覚された方で、少しそこを緩めてみようと思われた方は、まず、自分のベキちゃん(名前はなんでも良いですが、ニックネームをつけてあげて下さい)に、お前もそこに居て良いよ、といってあげてください。

べき思考の方は、言葉をかえれば潔癖で何事にも一生懸命な方です。

社会の中で、役割をはたしていくのに、べき思考が後押しをしてくれた事も沢山あると思います。

潔癖な方は、それが悪いとなったら、一気に変えようとしがちです。

べき思考の悪い面が見えたからといって、今まで役にたってくれたべきチャンを、追い出すのはかわいそうです。
はたしてくれた役割をちゃんと承認してあげる事が大切です。

その上で、そんなに頑張らなくて良いんだよ、と言ってあげるのが良いと思います。

べき、のすべてが悪いわけではないのです、ただ、あまりそこで、頑張っていると自分も辛くなるし、人にも自分の理想を押し付けてしまいがちになる。

その部分を、少しだけ緩める事を意識してみると、余裕ができて、自分も楽になるし、周囲との関係も目にみえてよくなってくると思います。

ベキ思考は、間違っているというのではなく、ベキにも程度が必要。
強ければ良いというものではない、という解釈で良いのではないでしょうか。

Follow me!

PAGE TOP