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病識がない 足が腐っても間食をやめない 自己管理ができない 患者にどうかかわるか

病識がない 足が腐っても間食をやめない 自己管理ができない 患者にどうかかわるか

看護師・心理カウンセラーの渡辺由紀子といいます。

看護師が40年、カウンセリングを学んで10年。仕事としてカウンセリングの現場を持てせてもらって丸3年になります。

学び初めてから何年かは、心理療法の技で看護現場で滞っていた事が全部解消できるような幻想を持っていました。
たしかに、できる事は増えるのですが、そんなものでもない事がわかってきたのは、心理職としても新人と言っていられなくなってきたこの頃の事のように思います。

それでも、看護現場に心理療法の視点を入れていく事は役にたちそうです。

やさしさを自分に課して辛くなった時に、少し冷めた目で患者さんをみるのも悪くないような気がします。

臨床のあるある、を、看護ではあまり馴染みのない視点から解き明かしてみたいと思います。

病識がない、の奥にあるもの

病識がなくて、自分の体を管理しようという気持がない患者さん。
本当に困りますね!

典型的なのが、糖尿病から腎不全になって透析をしているような状況で間食をやめない。

足の指先から壊死を起こして指を切断している。
このまま不摂生を続けたら足を失なう事になりかねない。

そんな状態だけは避けたいと、看護師は食事療法を守るように言うのですが、意に介さない。
ほとんど相手にしないように見えます。

リハビリ病院に入院中の方で、透析のクリニックに透析に行っておられる方で、送迎ドライバーにコンビニの前で車を止めさせておやつを買い込んでくるという強者がいました。生活の為に、必要な物を買うといえば、拒否しないと知っての事です。(このあたり禁止している病院もあると思いますが)

内科系で経験のある看護師であれば、何人もの患者さんの顔を浮かぶと思います。

むしろ、足を切断するような状況に至っても、熱心に食事療法に取り組んでいる人を思い出すのが難しいのではないでしょうか?

こんな時に知っておいて欲しいのは、
人はあまりに辛い時は、その感情を切り離してしまう。

乖離 という概念です。

自分の体が生きながら腐っていくのです。

辛くないなはずはありません。怖くてたまらない。

だから、それはなかった事にしてしまう。

悪性腫瘍や、事故の挫滅創で切断告げられた人が泣き明かすのを、胸がつぶれるような思いで聞いた事のある人も多い事でしょう。

糖尿病性の壊疽で最初に切断を言い渡された時の患者さんの思いも、そんなに変わるものではありません。

それが、足の指の第一関節から始まって、何回も切断の手術を繰り返していくと、ご本人にわかっていくのは、失った指は返ってこない。少々節制した所で、この状況は改善しないだろという事です。

その事を受け入れるのが、あまりに辛いので、辛さは切って捨ててしまう。

虐待を受けて育った人が、子供のころの記憶がない、と言われる事がありますが、同じような事がおこっているのです。

乖離した物と結びつけるのは酷

辛い思いを切り捨てている事はわかっても、医療職として放っておくのも、と思う方も多いと思います。

こんな時に頭においていただきたいのは、間食される理由です。

食べる事で束の間の快感が得られる。
自分の体が腐っていく恐怖はない事にしてみたものの、人生になんの喜びもない。
甘い物を食べるといった事は、本当に束の間ですが喜びになる。

もう一つは、間食して病気が進む事を期待するような心境。
緩慢な自殺と言われるような状態です。

心理療法で乖離しているようなトラウマの解消を図る時は、一旦、切り離していた気持に結びついてもらってから、解消をはかります。
しかし、同じ手法を病識がない人に持ち込む事はできません。

トラウマは、今に影響を与えていても過去のものですが、足が腐るのは現在進行形のものです。

結びつく事も難しいですが、下手に結びついた時の死を選びかねないような辛さだからです。

それでもかかわる事に意味がある

それでは、医療職は患者さんの気持を認めて静観しているのが良いのか?
仕事として、それは納得しがたい、と思う方も多い事と思います。

私は、間食を見つけた時に制する事は、大切なかかわりだと思います。

これは、止める事が看護師としての役割、病状を進行させない為に必要な事だから、という面もあります。

しかし、どちらかというと、私はあなたの事を事を心配しています、気にかけています、というメッセージになるという側面を大事にしています。

どうせ自分なんて、この延長で足を亡くして、その先は死んでいくだけだと思っている人に、

現状が大きく改善できるかはわからないけれど、自分を大切にしてね。

あなたが、あなたを大切にできなくても、私はあなたの事を大切に思っています。

そんな事をお伝えしているのです。

これは、看護師というより心理職寄りの立ち位置ですが、臨床でも役にたちます。

まず、自分が患者さんが病識がない事にイライラしないですみます。

穏やかに声をかけると、あんたがそう言うなら、と応じてもらえる事も多くなります。

また、機会があればおやつを買ってくるでしょうが、それはそれ。

あらあら、なかなかやめられないね。これどうする。

見つかったんじゃしかたがない、今日はやめておくよ。

そんなやり取りを、何回も何十回、何百回やっていけば良いと思います。

 

職業意識の高い立派な看護師には、逆に難しいかもしれませんが、病識を持たせなくてはと奮闘して疲れた時に思い出していただければと思います。

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