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コミ症(コミ障)で 人間関係がうまくいかない 嫌われる

コミ症(コミ障)で 人間関係がうまくいかない 嫌われる

コミ症という言葉があります。
障害というと少し大げさかもしれないけれど、
コミニュケーションに根深い苦手意識を持っている人が
自嘲的なニュアンスで使っている言葉のようです。

カウンセリングにお越しになる方の中にも
コミ症自称されている方も大勢いらっしゃいます。

そんな方に共通するところを考えてみました。
コミ症を卒業するためのヒントになれば幸いです。

コミュニケーションケーションが苦手な人の特性

コミュニケーションへの期待が高い

共通の言語が話せてその意味を理解できるのでしたら
コミュニケーションは成り立っていると思います。

会社の中で仕事を依頼したり仕事を教えたり
必要なことを質問したりすることができれば
コミュニケーションの役割はできていると言えると思います。

対人恐怖で聴くことも聞けないといった方や、
プライドが高くて聞くことに抵抗がある
といった方も中にはいらっしゃいますが
多くの方は特別威圧的な扱いをされなければ仕事上の話はできている
とおっしゃいます。

そしてそれでありながら、自分がコミ症だったとおっしゃるのです。

そんな方はコミュニケーションとは気持ちのやりとりので上手にできなければならないことだと思っておられる方が多いようです。
確かにコミニュケーションに置いて気持ちのやりとりは大事な1つの側面です。
しかしそれが常にできなければならないわけではありません。

雑談力などをうたって
雑談のトレーニングをしているセミナーがある位ですので
たわいもない話をしながら
人と良い関係を築いていけるに越した事はありません。

しかし少なくとも、職場においてコミュニケーションができると言う事は
仕事上のやりとりを確実にできると言うことで必要かつ十分なのです。

コミ症が気になる方にいつもお話しするのは、
雑談はおまけだということです。

挨拶をするときに相手の名前を呼べとか
季節の話題を入れろ
といった指導している本やセミナーもありますが
これも私はあくまでおまけだと思っています。

相手に聞こえるような声でしっかり挨拶をすること、
必要なことを聞くことができること
必要なことを頼める事ができれば
職場のコミュニケーションがとりあえず合格点
だと言うことを自覚していただくことを目標にしています。

これだけのことがコミュニケーションへの期待のが高い方にとっては
難しいようです。

コミュニケーション期待が下がって
自分のコミュニケーションがまずまず合格点だと思えるようになると
周囲に対して余裕を持った目で対応出来るようになります。

雑談ができたり気の利いた冗談が言えるようになるのは
そのあとの話です。

まずそんな余裕を自分に作ることを最初の目標にしていただきたいと思います。

相手の反応を自分の責任のようにとらえる

自分の心に余裕を作るためのもう一つの視点は
相手の対応が自分に対して心良いものでなかった時に
そこを深刻に受け止めないということがあります。

コミュニケーションが苦手と認識される方の多くが
相手が不機嫌であると
それは自分のコミュニケーション能力のせいだと考える傾向にあります。

それは時には当たっていることもありますが
多くは思い込みに過ぎないことです。

相手にとってあなたは周りの環境のごく1部に過ぎません。

朝出勤してきた上司が不機嫌であると
自分の働きぶりに不満を持っているからだろう
いつ呼び出されて説教されるのだろうと考えると仕事も手につきません。

しかし上司の不機嫌はあなたが原因であると決まっているわけではありません。

仕事のせいであるとさえ言えないのです。

朝奥さんと喧嘩をしてきた
子供に注意して口答えをされたといった不愉快さを
仕事場にまで持ち込んでいるといった事はごく普通のことです。

絶対に自分のせいではないと考えなければならないと思うと
無理が出るかもしれません。

そうであるかもしれないしそうでないかもしれない。
そうでない可能性があるといった程度でも、
リアルタイムに考えることができる事が大切です。

コミュニケーションは難しいものでありますが、
またごく簡単なものとも考えることができます。

赤ん坊でも泣き叫んで自分が不快であることを伝えることができます。
これも立派なコミュニケーションです。

この場合は伝え方の上手下手よりも受け取る側の力量が問われます。

そんな段階から徐々に上手に伝える言葉であっても態度であっても相手に伝わるように伝わるということを子供は学んできます。・
人を突き飛ばして欲しいおもちゃを選ぶのではなく化して私もどういった言葉で自分のやりたいことを伝えます。

会社など公的な場所でのコミュニケーションもこの延長でほとんどことが足りると思うのです。

これはどうやったら良いのでしょうか?
こんな風に進めてみましたが問題ないでしょうか?
いまひとつやり方が分かりかねているのですが教えていただけますか?
といったことを言葉にする事ができる事です。

ここに必要なのは、礼節であって心の交流とは別のものです。
職場に心の交流が本当に必要なのだろうかと考えてみると、
付属品である事が納得いただけるかもしれません。

コミュニケーションが楽になる方策

自分を評価するより 相手の関心に目を向ける

親しい友達だとなら気持ちを分かち合えることができるが職場では雑談ができないと悩んでおれれる方は多いものです。
恋人ともう少し上手に関わりたいといった希望は
それはそれでご相談に乗ることができるのですが
その辺のコミュニケーションと同じような
気持ちが行き来する関係を職場に求めると言うこと自体
必須ではないといった事は頭においていただきたいと思います。

職場の付き合いに心の交流は必要ない
と言い切ってしまうことができないかもしれませんが
少なくとも必須ではない。
あるに越した事は無い程度のものといった捉え方をする方が楽になります。

雑談のやり方のセミナーに行くことを否定はしませんが
雑談をするためにはまず心の余裕が必要です。

どうでもいいことを話すのですから
それが必須と目を釣り上げてネタを探すような姿勢自体にズレがあります。

仕事上のやりとりはきちんとできている
自分のコミュニケーションには問題がないといった所に立ちきることが
雑談をする心の余裕を作ってくれます。

雑談をするためには
まず相手がどんなことに関心を持っているのか
どういったことに自分の関心がおかなければなりません。

自分が上手に話せないとか
どう見られているかといったことが気になっていると言う事は
自分に目線が向いているいわゆる自意識過剰の状態です。

この状態である限りいくつか雑談のネタを用意して行っても
うまく話が噛み合う事は難しいと思います。

自分に余裕ができると相手の気持ちが見えてきます。
上手に話を振れるかどうかは大した問題ではない
といったあたりも納得できると思います。

聞き役に徹するのも思いのほか喜ばれる

コミュニケーションに苦手意識があると話し方に意識が行きますが
聞き上手の方が喜ばれるくらいです。

愚痴は愚痴として聞く
自慢話にはちょっと大きめに相槌を打つ
といったことで多くの場合は相手が楽しそうに話をしてくれます。

愚痴でさえもきちんと聞いてもらうと言うのは嬉しいことなのです。

人の悪口を言いたくなければ、そこに乗る必要はありません。
ただこの人は悪口を言いたい気持ちなのだという事を否定しないで
聞いてあげることだけで10分なのです。

雑談のネタを用意して行っても
それがその時点の相手の関心とずれていては何もならない事は
想像に難くないと思います。

相手に目を向けるためにまず自分の心に余裕を作る
今の時点での自分のコミュニケーション能力に
下手に疑いをもたないといったあたりが
コミュニケーション上手になる最初の1歩のように思えるのです。

✳︎もう一つ手前、必要な事を聞けない、人が怖い、といった方には別の対応ができますので、ご相談ください。

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